悩んだり迷ったり、そのことに時間を費やす価値はどれだけあるか

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ふと気づく残された時間

年の初めに今年の目標について考えながら、意外とやりたいことの多さに驚いています。
そうこうするうちに来月2月になると57才の誕生日を迎えることに気づきました。

われながらそんな年齢になるのかと人ごとのように、また驚いています。
ああじゃない、こうじゃないと言いながらあと何年仕事を続けられるでしょうか。

身体も精神力もピークを過ぎているのは分かっているのに、いつまでも同じ調子でいられるわけはありません。
ふと、これだけは絶対やり遂げたいと望むことに集中しなければと思ったのです。

後味の悪さから思考停止に

そのように思ったきっかけは、ある取引業者さんからの一本の電話です。
自分のするべきことは果たしていないのに、こちらへ自分の都合ばかりを訴えてこられたので、潮時かと取引をお断りしました。

波風は立てたくなかったものの、付け込まれることは論外という判断です。
と思いながらも後味の悪さから思考停止の状態になってしまいました。

何かが舞い降りてきたのはそのときです。
「来月57才にもなるというのに、こんなことに時間を割いていてもはじまらない」と。

悩む基準は変えられる

当然取るべき判断や行動を取っていなければ、状況は今よりも悪くなっていたはずです。
にも関わらず時間を費やしているのですから、さすがにわれに返りました。

このことは身の周りの色々なことに当てはまります。
自分の悩んだり迷ったり時間を費やしていることに、それだけの価値はあるのか振り返ってみるのは悪いことではありません。

限られた時間だと意識することで、今まで抱えていた悩みの基準はかなり変わってきそうです。

編集後記

今朝は5:00起床。
ランニングは出来なかったものの、スクワット50回、腕立て30回。

エムサポーティングオフィス
代表 島浦 誠

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